[優秀賞]
岡崎竣矢|古代出羽国域出土斎串の考察
山形県出身
佐藤祐介ゼミ
古代出羽国は、天長7年(830)の秋田大地震をはじめとして、多くの天災が繰り返されていた。これらの天災を祭祀による力によって防ぎ、北の蝦夷に対抗するため、嘉祥4年(851)に陰陽師が配置された。これにより、在地の祭祀形態に律令的な祭祀形態が受容されていった。
祭祀遺物は、縄文時代の土偶をはじめとして各時代を通じて認められる。律令期における祭祀は、それ以前の祭祀形態、さらに、外国の祭祀形態などが複合し、複雑な祭祀形態が形成され、人形(ひとがた)?斎串(いぐし)といった木製祭祀具がみられるようになる(図1)。本研究で対象とする斎串は、短冊形の薄板で側辺に切込み?切欠きがあり、下端を尖らせた木製祭祀具である。この斎串を地面に挿し立てることで聖域を区画し、そこを祭場として神への供物を供え、他の土地と聖域とを区別するしるしとしての役割があったとされる。
先学の研究は、都城とその周辺遺跡の出土例に基づいたものが多いのが現状である。在地においては、律令的な祭祀形態が伝播する以前から独自の祭祀形態が存在していた可能性があり、その独自性を明らかにする必要がある。また、山形県域出土斎串の集成と分類については研究がされているが、古代の行政区分である出羽国としてはなされていない。さらに、現在では出土遺跡数、出土点数ともに増加している。以上を踏まえ、本研究では、古代出羽国域の42遺跡から出土した斎串の集成と分類を行い、その上で、様々な側面から分析?考察することで、祭祀形態を明らかにすることを目的とした。
本研究では、古代出羽国域出土斎串を独自の基準で型式分類を行い、形状の特徴を明らかにした。最も多い形状はDⅠ式となった(図2)。だが、上端の形状にのみ着目した場合はB型式が最も多くなるため、一概にDⅠ式が模範的な形状とは考えられない。これらの形状、切込み?切欠き方にどのような意義があるのかという部分は不明であるが、斎串の「神聖な串」という性格を強調し、他と区別する意義があるのではないかと考えられる。また、樹種について考察を行い、その信仰性を明らかにした。樹種はスギが圧倒的に多くみられ、信仰性が考えられた(図3)。だが、日本海側が太平洋側と比較して降水量が多いことなどから多く用いられたこと、スギが近郊に位置していないと考えられる遺跡においては多様な樹種がみられたことなどからスギへの信仰性はないものと考えられた。
佐藤祐輔 准教授 評
古代出羽国についての研究は、進んでいるようで、実はわかっていないことが多い。岡崎は、その中でも実態が不明確な祭祀形態に着目した。特に「斉串」という、現代社会では見ることも使うこともない道具を取り扱い、チャレンジした卒業論文である。
岡崎は先行研究を読み解き、古代出羽国全体を扱った研究が少ないことに気づき、山形?秋田県域の「斉串」を集め、分析した。集成作業の成果は、彼の研究意欲に火をつけ、多様な視点から分析を行い、卒業論文として結実した。いつも自身の研究内容が、人にどう見えて見られているのかを意識していた点も評価が高い。
欲を言えば、実資料の観察が足りない点である。今後、観察した視点も加え、ブラッシュアップされた成果が公になることを期待する。
1. 律令期における祭祀具
2. 斎串の型式分類
3. 斎串の樹種の割合