太田元気|山形市豊烈神社の騎馬打毬をめぐる継承と保存
山形県出身
松田俊介ゼミ
目 次 1.はじめに/2.打毬の歴史/3.調査対象と調査方法/4.調査結果/5.豊烈神社騎馬打毬における課題/6.おわりに
1960年代のモータリゼーションの波及以降、日本の「車社会化」?「自動車の大衆化現象」が進行し、主要な交通手段は自動車になった(市川 1999)。現代において、多くの日本人は日常的に馬を目にすることとは少なくなってしまった。しかし、民俗的な神事や祭礼のようなハレの場においては、神馬の奉納や、流鏑馬神事など、馬を用いたものは多く見受けられる。馬はストレスを感じやすい為、飼育、安全管理が困難だといえる。そのため、神事や祭礼の保存のために、馬を用いることのハードルは高い。
これらの課題を検討することで、馬を用いた神事や祭礼の保存を取り巻く現状にとって、根本的なアプローチになると考えた。本研究では、馬を用いた神事である豊烈神社の打毬(図1)とその保存会が築き上げてきた文化の保存と継承の方法を、民俗行事保存の観点から検討していく。
研究対象に置いた山形市豊烈神社の騎馬打毬は先に挙げた問題に向き合い乗り越えようと努めている最たる例といえる。筆者は豊烈神社の騎馬打毬を運営している保存会へのインタビューを行った。このインタビューから、馬を用いる祭事に対する工夫や継承者問題に地域の小学生を軸に据えた策を実施していることを解き明かすことができた。またそれとは別に3つの課題を見出すことができた。(図2)
1. 山形市豊烈神社の騎馬打毬の様子
2. 筆者が新たに見出した3つの課題